自分がなにかわからない。

自分が何をしたいのかわからない。

自分が何を求めているのかわからない。

自分が何かを求めているということもわからない。

自分が何を……。

自分が、ワカラナい。




第9回 「その身に受けし使命・その2」




「はぁ〜、今日も練習疲れたね」

高町なのはは疲れた体をベッドに預けた。

一日が終わると思うとベッドにダイブしたくなるのは彼女だけではないはずだ。

”お疲れ様ですマスター”

「うん、レイジングハートもね」

”私は大丈夫です。マスターは根を詰めすぎかと”

「はいはい、わかったわかった」

最近のレイジングハートはなのはの体の事をよく心配していた。

なのはは練習熱心なのはいいが、たまにやりすぎてしまう事があるからだろう。

「おやすみレイジングハー……っ!」

閉じかけた目蓋がはっと見開く。

なのはは離れた場所に大きな魔力を感じ取ったのだ。

「かなり大きいね……でもなんだろう………誰かを見てる…?」

”うごく様子がありません”

「うん、…それともう一つ。これは、アリサちゃんとリーフ……ダークシードと対峙してるんだね」

なのははベッドから起きあがるとレイジングハートを手に取った。

”いきますか?”

なのはは笑う。

その顔からはいつもの愛くるしい表情は消えていた。

「当然!」

友を助けるのに理由はいらない。

なのはは夜の闇を切り裂いて空に舞った。




「……」

少年は見ていた。

月を背に宙に浮く姿は常人から見たら異常な光景だろう。

少年は笑っていた。

人ならざる者とそれと対峙する金髪の少女。

少年はずっと人を見てきた。しかし、それらに対し無関心だった。

人が喜ぶところ、食事をとっているところ、仕事をしているところ。

それらを見続けても特に何も思わなかった。

そんなある日、少年は見た。

火事になった家の前で泣き叫ぶ少女を。

その顔は涙や鼻水、悲しみの表情でグシャグシャだった。

何度も何度も泣き叫んで賢明に母のことを呼ぶ少女。

そんな少女を見て少年は思った。

美しい。

人間は自分の大切なモノを失うとそんなにも感情が高ぶる生き物なのか。

それから少年はたくさんの人を見た。

恋人を失った男。

両親を亡くした子供。

未来を断たれた人。

強姦された女。

「さて、今日はどんな顔を見せてくれるのかな…」








「さあ、私を楽にしてくれ…」

人狼は両手を広げアリサの攻撃を待っていた。

すでにその準備、覚悟は出来ていた。男はただ、待っていた。

力の解放を。

「出来ない……そんなこと出来るわけないわよ!」

アリサの集中はすでに切れ、とても魔力を集められる状態ではなかった。

「そうか…………リーフ」

「………はい」

リーフは涙を拭くと真っ直ぐ前を向いた。

「アリサちゃん……魔力を練って下さい」

「…どうして」

声は震えている。

「マスターはすでにダークシードに取り込まれています。マスターの意識があるうちにダークシードを封印します」

「……封印したら…オジ様は……?」

「………消滅します」

「……助けることは?」

分かっていたことだった。

「マスターの体は完全にダークシードに取り込まれています」

ただ、分かりたくないだけ。

「助けるのは、不可能です」

「っ!だったらっ!!!」

なんのための力か、

「いらない…っ!」

目の前にいる人すら助けられない力、

「こんな力いらないよっ!!!!」

こんなにも無力な力を望んでいたなんて。

アリサは大声で泣き出していた。

そこにいるのはただのアリサ。

ただの、小学生。

「…アリサちゃん……」

リーフはアリサの近くによるとそっとアリサの手を握った。

繋がる手から温もりが伝ってくる。

その時アリサは気付いてしまった。

今、自分の手を握っているこの手が、温もりを与えようとしているこの手が、震えていることに。

(リーフっ!)

顔を上げると見える、必死に涙をこらえ、真っ直ぐにアリサを見つめるその眼が。

「…だけどっ…」

(わたしには無理だ)

声に出さなかったのが精一杯。

「わたしは嬉しいよ、お嬢ちゃん」

二人を見守っていた男がそう言った。

しかし、アリサにはわからなかった、とてもじゃないが今から消えようという人間の台詞とは思えない。

「力あげたのが君でよかった。こんなにも…」

男はアリサに近づきそっと頭をなでた。

「オジ様…?」

「こんなにも優しい子で…」

その時、アリサの眼に映ったのは人狼などではなかった。

気さくな紳士の笑顔…。

アリサには確かに見えた気がした。

「……リーフ」

「…はい」

アリサは人狼から離れると……杖を構えた。

金色の光がアリサに集まっていく。

男が見た光はこれまでにみたどんな光より慈愛に満ち、暖かみを持った光だった。

「ムーンライト……っ!」

「お嬢ちゃん…」

男の声がきこえる。

「確かにお嬢ちゃんは一を救えなかった。だけどな…明日になったら、全部救えるからな」

それが、

「バスターーっ!!!!」

男がアリサに教えた最初で最後の事だった。



続く

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